大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所 昭和60年(行ウ)5号 判決 1987年1月22日

原告 小林商事有限会社

被告 長野県松本保健所長

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五六年二月四日付でした原告の公衆浴場営業許可申請を不許可とした処分を取消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の申立て)

主文同旨

(本案に対する申立て)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和五五年七月九日、被告に対し、個室付浴場業を営むべく、公衆浴場法(昭和二三年法律第一三九号)二条一項、長野県が施行する「公衆浴場の設置場所の配置及び衛生等の措置に関する条例」(昭和四一年条例第四九号)二条二号アにより、長野県松本市大手二丁目六番一二号を設置場所とする公衆浴場営業許可申請書を提出してその許可申請をした。(以下この許可申請書を「本件許可申請書」と、右申請書をもつてなされた許可申請を「本件許可申請」とそれぞれいう。)

(二)  ところが、被告は、昭和五六年二月四日、原告に対し、本件許可申請書の返戻とこれに添付した「この申請地点は営業できない場所であるから申請は無意味なので返戻します。」との記載がある「公衆浴場営業許可申請書の返戻について」と題する書面(以下「返戻書」という。)の送付(以下、右の返戻書とともにした本件許可申請書の返戻を「本件返戻」あるいは「本件返戻行為」という。)をもつて、本件許可申請に対して不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)をした。

2  本件不許可処分は、公衆浴場法二条二項に該当する不許可事由がないにもかかわらずなされたものであるから違法である。

3  本件訴えに至る経過

(一) 本件不許可処分は、右1(二)のとおり、不許可処分という表示も形式もなく本件許可申請書を返戻するという形がとられていた。

(二) 原告は、昭和五六年三月五日、被告に対し、不作為に対する異議申立てをした。

これに対し、被告は、同月二三日、右異議申立てを却下したが、その理由として決定書に「昭和五五年七月九日付で提出のあつた公衆浴場営業許可申請書については、昭和五六年二月四日不受理と決定し、返戻方を申立人に通知した次第である。本件申立ては、上記申請による許可申請のあつたことを前提とするものであるが、上記の次第で許可、不許可について判断をする余地がない。よつて、本件申立てを却下する。」と記載した。これは、本件許可申請は受理されていないので許可、不許可の判断をする必要がないというものである。

(三) 原告は、昭和五六年四月一三日、長野県知事に対し、本件許可申請について不作為についての審査請求をした。これに対し、長野県知事は、昭和五六年一二月二日、裁決により右審査請求を棄却したが、その理由として裁決書に「申請書を受理することができないとして返戻した松本保健所長の措羅は適正である。」と記載した。これは、本件許可申請は受理されていないので返戻したのは適正であるという判断を示したものである。

(四) 原告は、やむなく昭和五七年四月一九日、被告を相手方として長野地方裁判所に不作為違法確認の訴えを提起し、同裁判所昭和五七年(行ウ)第一号訴訟事件として係属した。

被告は、右訴訟において、当初本件許可申請は受理されていないので右訴えは不適法であると主張していたが、最終段階になつて予備的に本件返戻行為をもつて不許可処分であると主張するに至つた。

同裁判所は、昭和五八年九月二九日、右訴えを却下するとの判決を言い渡したが、その理由において、本件許可申請が受理されていないとの被告の主張はしりぞけたものの、本件返戻行為をもつて不許可処分であるとの被告の主張を容れた。

(五) 原告は、右判決を不服として、昭和五八年一〇月一七日、東京高等裁判所に控訴を提起した。

同裁判所は、昭和五九年六月二五日、原告の控訴を棄却するとの判決を言い渡したが、その理由において「申請人の手続上の地位の安定性あるいは行政処分の早期確定という観点からすれば却下ないし不許可という文字を使用した文書によることが望ましいことはいうまでもない」と判示して前記一審判決よりも原告の立場に理解を示した。

(六) 原告は、右控訴審判決に対し、昭和五九年七月六日、最高裁判所に上告したところ、同裁判所は、同年一二月四日、原告の上告を棄却するとの判決を言い渡し、右判決正本は同月五日原告に送達された。

(七) 原告は、右判決正本の送達により被告がした本件返戻行為が不許可処分に当たることを知つた。

4  よつて、原告は、被告に対し、本件不許可処分の取消を求める。

二  被告の本案前の主張

1  出訴期間の経過

(一) 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)一四条一項は、取消訴訟の出訴期間を処分があつたことを知つた日から三か月と規定し、同条三項は、処分の日から一年を経過したときは取消訴訟を提起することができないと規定している。

(二) 被告は、昭和五六年二月四日、原告に対し、前記一1(二)のとおり、本件許可申請書及び返戻書を郵送して本件不許可処分の告知をしたから、同日が同条一項にいう「処分があつたことを知つた日」に当たる。

(三) 仮に、同日が同条一項にいう「処分があつたことを知つた日」に当たらないとしても、原告が長野地方裁判所に前記不作為違法確認の訴えを提起した後、被告は、昭和五八年八月四日の第六回口頭弁論期日において準備書面により本件返戻をもつて不許可処分をなした旨明示したから、同日が同条一項にいう「処分があつたことを知つた日」に当たり、更に、遅くとも、原告が同裁判所の前記却下判決の正本の送達を受けた日である同年一〇月三日には本件不許可処分があつたことを知つたことは明らかである。

(四) ところが、本件訴えが提起されたのは昭和六〇年二月二一日であるから、本件訴えは、同条一項にいう「処分があつたことを知つた日」から三か月を経過し、かつ処分の日から一年を経過したことにより、出訴期間を遵守していない訴えとして、不適法である。

2  訴えの利益の欠如

(一) 行訴法九条は、処分の取消の訴えは当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる旨定めている。

(二) ところで風俗営業等取締法(昭和二三年法律第一二二号、昭和五九年法律第七六号による改正前のもの。以下「旧風営法」という。)は、右法律第七六号により改正され風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下右改正後の法律を「新風営法」という。)として昭和六〇年二月一三日から施行されているが、原告が開設を予定した個室付浴場営業は新風営法二条四項一号にいう「風俗関連営業」に該当するところ、同法二八条一項の規定は、「風俗関連営業は、一団地の官公庁施設、学校、図書館、若しくは児童福祉施設又はその他の施設でその周辺における善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害する行為若しくは少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止する必要あるものとして都道府県の条例で定めるものの敷地の周囲二〇〇メートルの区域においては、これを営んではならない。」と定めている。そして、右規定に基づき長野県が施行する「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例」(昭和五九年条例第三四号。以下「本件条例」という。)九条一項は、新風営法二八条一項にいう「条例で定める施設」を「社会教育法二〇条に規定する公民館、博物館法二条一項に規定する博物館及び同法二九条に規定する博物館に相当する施設、医療法一条一項に規定する病院及び同条二項に規定する診療所、都市公園法二条に規定する都市公園」と規定している。

原告が個室付浴場の開設を予定した西掘地区は、前記大手児童遊園を除いても二〇〇メートル以内の地域に医療法一条一項に規定する病院又は同条二項に規定する診療所が一一か所、都市公園法二条に規定する都市公園が四か所あり、個室付浴場の営業が営めないこととなつた。

(三) したがつて、仮に本件不許可処分の取消が認められたとしても、原告が適法に個室付浴場業を営むことができないのであるから、本件訴えは、訴えの利益を欠き、不適法である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の認否及び反論

1  出訴期間の経過について

(一) 行訴法一四条一項の適用について

被告は、原告が本件不許可処分があつたことを知つた日について、<1>返戻書が原告に送付されたとき、<2>昭和五八年八月四日の前記不作為違法確認訴訟の第六回口頭弁論期日において被告の準備書面により不許可処分がなされた旨明示されたとき、<3>同年一〇月三日原告が右訴訟の第一審判決正本の送達を受けたときと主張するが、いずれも失当である。すなわち、被告は、右訴訟前はもとより右訴訟の段階においても、一貫して、本件許可申請書は返戻されており本件許可申請は受理されていないとの態度をとつており、本件返戻が不許可処分に当たるという主張は訴訟の中途から予備的主張としてなされたにすぎないから、被告の右<1>、<2>の主張が誤りであることは明らかであり、また一審判決も控訴審又は上告審で変更される可能性があるのであるから、被告の右<3>の主張も誤りである。

(二) 同法一四条三項但書の適用について

被告の右のような不作為違法確認訴訟前及び右訴訟における態度からみて、一般市民である原告が本件返戻行為を不許可処分であると知らなかつたについてはやむをえなかつたというべきであり、また処分であることを知らないまま前記訴訟を提起して一年を経過してしまつたのであるから、本件は同条同項但書にいう「正当な理由があるとき」に該当するというべきである。

2  訴えの利益の欠如について

被告の本案前の主張2の事実中、本件許可申請地点から二〇〇メートル以内の地域に降旗医院、犬飼歯科医院及び倉科医院のあることは認める。

本件訴えが訴えの利益を欠き不適法であるとの主張は争う。理由は以下のとおりである。

(一) 行政処分の瑕疵の治癒について

取消訴訟における訴訟物そのものは、行政処分の違法性一般という広いものであり、かつその違法性の判断は当該行政処分がなされたときをもつてその基準時とすべきものである。このことは、法律による行政という原理からも当然に導かれるものであつて、風営法等の改正により安易に行政処分の瑕疵の治癒を認めるべきでない。

(二) 本件条例の違憲性について

憲法二九条一項、二二条一項の規定の趣旨からすれば、本件のような個室付浴場業の営業場所を、県下の一定の地域内に合理的に限定すること自体は許されるものと考えられるが、それを全面的に禁止することは許されない。それこそ右の財産権の保障及び職業選択の自由の保障を根本的に侵すことになるからである。

本件条例九条二項によれば、個室付浴場業等の禁止地域は、長野市権堂地区及び松本市西堀地区を除く全域と定められている。長野県のうち、個室付浴場業を営みうる地域を右の二地域と定めたことは、合理的な制限の範囲内であると考える。しかしながら、更に、同条一項によつて、その施設の二〇〇メートルの区域内では営業ができないものとされる施設として、「公民館」、「博物館」、「病院」、「診療所」及び「都市公園」まで加えて個室付浴場業を事実上全面的に禁止することとしたのは、正に右憲法の財産権の保障及び職業選択の自由の保障の規定に真向うから違反するものである。

東京都の条例では、「病院」と「診療所」のみが、新風営法二八条一項所定の「条例で定めるその他の施設」とされている。それぞれの都道府県で憲法の右規定に違反しないようにきめ細かく配慮されなければならないにもかかわらず、長野県の場合には、むしろ特に本件西堀地区からも個室付浴場をしめだす意図をもつて右条例が制定されているのである。

以上のとおり、本件条例九条一項の規定は、憲法の右各規定に違反し無効であり、被告の本件訴えの利益がないとの主張は理由がない。

四  右三の原告の反論2(訴えの利益の欠如について)に対する被告の再反論

1  行政処分の瑕疵の治癒について

被告は、風営法等の改正を訴えの利益の事後的消滅事由として主張しているのであつて、行政処分の瑕疵の治癒として主張していない。

2  本件条例の合憲性について

本件条例九条一項は、新風営法二八条一項の規定に基づき風俗関連営業の禁止区域対象施設を定めるものであるが、以下述べるとおり十分な合理性を有する。

(一) 本件条例九条一項一号が規定する公民館は、「市町村その他一定区域内の住民のために、実際生活に即する教育、学術及び文化に関する各種の事業を行い、もつて住民の教養の向上、健康の増進、情操の純化を図り、生活文化の振興、社会福祉の増進に寄与すること」を目的として設置される(社会教育法二〇条)社会教育施設であり、新風営法二八条一項が明定する図書館と同様、清浄な風俗環境下におかれる必要が存するのである。また、公民館は、その性質上未成年者も含めて広く住民に利用されるものであり、その周辺において善良な風俗を害する行為や少年の健全な育成に支障を及ぼす行為を防止する必要も存するのである。

(二) 本件条例九条一項二号の規定する博物館及び博物館相当施設は、「歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーシヨン等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすること」を目的として設置される(博物館法二条一項)社会教育施設であり、新風営法二八条一項が明定する図書館と同様、清浄な風俗環境下におかれる必要が存するのである。博物館及び博物館相当施設は、これ又その性質上、児童も含めて広く住民に利用されるものであり、その周辺において善良な風俗を害する行為や少年の健全な育成に支障を及ぼす行為を防止する必要も存するのである。

(三) 本件条例九条一項三号の規定する病院、診療所は、公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業をなす施設である(医療法一条)。病院、診療所は、いうまでもなく心身に故障を持ち、苦痛を訴える患者が来集する施設であり、これら患者の心身の状況を考慮すれば清浄な風俗環境下に置かれるべきことは明らかである。また、病院、診療所は、その性質上、当然のことながら児童を含めて広く住民に利用されるものであり、その周辺において善良な風俗を害する行為や少年の健全な育成に支障を及ぼす行為を防止する必要も存するのである。

(四) 本件条例九条一項四号の規定する都市公園は、都市計画区域内に設置される公園である(都市公園法二条)。そもそも公園は、屋外で休息、観賞、散歩、遊戯、運動等のレクリエーシヨンを行う場所であり、特に都市公園については市街地住民に屋外における数少ない憩の場を提供するものである。都市公園のかかる設置目的からすれば、清浄な風俗環境下に置かれるべきことは明らかである。また、都市公園は、その性質上、当然のことながら児童を含めて広く住民に利用されるものであり、その周辺において善良な風俗を害する行為や少年の健全な育成に支障を及ぼす行為を防止する必要も存するのである。

五  請求原因に対する認否及び反論

1(一)  請求原因1(一)の事実は認める。

(二)  同1(二)の事実は認める。

2  同2の主張は争う。

旧風営法四条の四第一項は、個室付浴場業は児童福祉施設の敷地の周囲二〇〇メートルの区域内においてはこれを営むことができないと規定していたところ、原告が個室付浴場業開設を予定して本件許可申請をした地点は児童福祉施設たる大手児童遊園の敷地の周囲二〇〇メートルの区域内にある。そこで、被告は、右申請地点において個室付浴場業を営むことがそもそも法律上不可能であるため、申請の利益を欠くものとして本件不許可処分をしたのである。

3(一)  同3(一)の事実は認める。

(二)  同3(二)の事実は認める。

(三)  同3(三)の事実は認める。

(四)  同3(四)の事実は認める。

(五)  同3(五)の事実は認める。

(六)  同3(六)の事実は認める。

(七)  同3(七)の事実は否認する。

六  被告の本件不許可処分の理由(右五2)に対する原告の反論

1  本件は、原告が被告に対し、公衆浴場法二条一項並びに公衆浴場の設置場所の配置及び衛生等の基準に関する条例二条二号アにより、公衆浴場の営業許可申請をなしたものである。被告は、保健所長として右の法律と条例に基づいて本件許可申請の許可、不許可を決定すればよいのであつて、旧風営法の規定を持ち出すのは越権行為であり、旧風営法の規定を理由に不許可とすることは違法である。

2  大手児童遊園設置の認可処分は、西堀地区において本来適法に開設しうるはずの個室付浴場業を阻止することを目的として長野県知事と松本市長とが意思相通じてなしたものである。これは、何人も憲法上保障されている営業の自由、職業選択の自由ないしは私有財産権を侵害するものであつて、著しい行政権の濫用というべきであり、違法かつ無効である。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1の(一)及び(二)の事実並びに同3の(一)ないし(六)の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、本件訴え提起の日が昭和六〇年二月二一日であることは当裁判所に顕著である。

二  本件訴えが出訴期間を遵守して提起されたか否かを検討する。

1  出訴期間の起算日について

前記のとおり、原告からの本件許可申請に対し被告が本件不許可処分をしたことは当事者間に争いがなく、本件不許可処分が本件返戻によるものであることもまた当事者間に争いがない。そして、弁論の全趣旨によれば、右返戻は郵便による送付の方法がとられ、昭和五六年二月七日に本件許可申請書及び返戻書が原告に到達したことが認められるから、原告は、前同日本件許可申請書が被告から返戻されたことを知つたものと推定される。

行訴法一四条一項は、「取消訴訟は、処分があつたことを知つた日から三箇月以内に提起しなければならない。」と定めているところ、右のとおり、原告は、昭和五六年二月七日に本件許可申請書の返戻を知つたと認められるのであるから、この日が前記三か月の出訴期間の起算日となるものである。前記のとおり、本件にあつては不許可処分が申請書の返戻という行為によつてなされており、返戻書には「申請地点は営業できない場所であり申請は無意味なので返戻する」旨が記載されているのみで「却下」あるいは「不許可」の文字を用いた書面の交付はなかつたから、許可申請書の返戻行為が原告の申請を許可しないものとする行為であるか否か必ずしも明白であつたとはいえず、そのため原告は、被告がなんらの処分をしないとして、請求原因3の(二)及び(三)のとおり異議申立及び審査請求を経たうえで、不作為の違法確認の訴訟を提起し、右訴訟は、「本件返戻行為は、原告の許可申請を実質的かつ終局的に排斥した不許可処分と解すべきである。」との判断を示した判決の確定によつて終局し、原告は、被告との間で確定した「本件返戻は法的に評価すれば不許可処分にあたる。」との判断を前提に本件取消の訴えの提起に及んだといういきさつがある。しかしながら、行訴法一四条が、行政処分を長期間争いうる状態におくことは望ましくないとの観点から、処分の相手方が処分のあつたことを知つた日から三か月、処分の日から一年をもつて取消訴訟の原則的出訴期間と定めていること、同条一項にいう「処分があつたことを知つた日」とは、起算日を「処分の日」ないしは「処分の効力が生じた日」ではなく「処分の相手方が処分を知つた日」とすることに意味がある文言であること、「処分を知つた」といいうるためには、取消の訴えを提起しようとする者が、その訴えによつて不存在の状態に引戻そうとする当該法律効果の発生原因である行政庁の行為の存在を知つたことで足り、行政庁の行為についての抽象的な処分該当性の認識をも要するとは解されないこと以上の諸点からすれば、行訴法一四条一項の出訴期間の起算日は、客観的に行政処分と評価されるべき行政庁の行為を知つた日をいうものと解すべく、したがつて、本件にあつては、原告が本件返戻を知つた昭和五六年二月七日から出訴期間が進行を始めたこととなる。

そうすると、本件訴え提起の日は昭和六〇年二月二一日であるから、右訴え提起が行訴法一四条一項所定の三か月の出訴期間経過後のものであることは明らかである。

2  訴訟行為の追完について

行訴法一四条二項は、同条一項の三か月の出訴期間は、不変期間とするとしているので、同法七条、民事訴訟法一五九条により、「当事者の責に帰すべからざる事由により」右出訴期間を遵守できなかつたときは、その事由のやんだ後一週間内に限り出訴することが許されることとなる。

そして、右の「当事者の責に帰すべからざる事由」とは、一般人に通常期待される程度の注意をもつてしても避けられないと認められる事由をいうと解されるので、これを本件について検討する。

(1)  本件許可申請は、公衆浴場法二条一項に基づいて公衆浴場を経営するについての知事の許可を申請したものであるが、同条二項は、「知事は、(中略)前項の許可を与えないことができる。但し、この場合においては、知事は、理由を附した書面をもつて、その旨を通知しなければならない。」と規定している。したがつて、知事(受任者としての被告)が申請者たる原告に対し許可を与えない、すなわち不許可の意思決定を通知するにあつては、許可申請を排斥して許可を与えないこととした旨を通知する書面であることに疑義が生じないよう「不許可」あるいは「申請却下」などの文字を用いた、文書の趣旨の明らかな処分書あるいは通知書をもつてなされるのが至当であり、申請人の側においてもまた、右のような趣意の明確な文書をもつて通知がなされるものと期待して当然である。しかるに、本件の場合は、前記のように、本件返戻行為を構成する被告から原告への本件許可申請書の郵送によつて不許可の通知がなされたのであり、右申請書とあわせて返戻書が送付されているものの、返戻書には、申請は無意味なので(申請書を)返戻する旨が記載されていたにすぎない。

(2)  前記の当事者間に争いのない請求原因3の(二)ないし(四)の事実並びに弁論の全趣旨によれば、原告は被告から返戻された本件許可申請書を被告に再提出したところ、被告は再度返戻する目的で原告に対し右申請書を郵便により送付し、原告がその受取りを拒んだため右申請書は被告に回送され、以後被告は本件許可申請書を保管し、原告に対しては他になんらの措置をとらなかつたこと、その後原告は、本件申請は維持されているにもかかわらず許容の応答がないとして、被告に対し、本件許可申請につき許可の処分をするよう求めた不作為に対する異議申立をしたところ、被告は、本件許可申請は受理されていないので許可・不許可の判断をする余地がないとの理由を付して異議申立を却下したこと、ついで原告は、長野県知事に対し、本件許可申請に対する不作為についての審査請求をしたところ、同知事は、本件申請書を受理できないとして返戻した被告の措置は適正と判断するとして審査請求を棄却したこと、更に、原告が、請求の趣旨を「本件許可申請に対する被告の不作為は違法であることを確認する。」とする訴えを提起したことにより当裁判所に係属した昭和五七年(行ウ)第一号不作為違法確認請求訴訟事件においても、被告は、主位的主張として、本件申請は受理されていないと主張していたことが認められる。

右(1)及び(2)からすれば、原告が本件返戻行為をもつて本件不許可処分たる被告の行為と理解しなかつたのはやむをえないことであつたというべく、その責はもつぱら被告に帰せられるべきものであるから、原告は、原告の責に帰すべからざる事由により本件不許可処分のあつたことを知つた日から三か月の出訴期間を遵守することができなかつた場合にあたると認められる。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、被告は、前記不作為違法確認訴訟において予備的主張としてではあるが本件返戻が不許可処分である旨の主張をしたことが認められ、長野地方裁判所が右訴訟につき、昭和五八年九月二九日「本件返戻行為は、本件許可申請を実質的かつ終局的に排斥した不許可処分と解すべきであるから被告に不作為状態はない。」との理由を示して原告の訴えを不適法な訴えとして却下する判決を言い渡したことは当事者間に争いがなく、なお、弁論の全趣旨によれば、右判決の正本は昭和五八年一〇月三日に原告に送達されたことが認められる。そうしてみると、遅くとも、右判決正本の送達日である昭和五八年一〇月三日には、原告をして本件不許可処分取消の訴えについての出訴期間遵守を不能ならしめていた事由はやんだものといえるから、原告は、その後一週間内に限り本件訴えを提起することが許されたものである。

しかるに、前記のとおり原告は、右一週間が経過したのちである昭和六〇年二月二一日に至つて本件訴えを提起しているのであるから、右訴えが右追完期間経過後に提起された不適法な訴えであることは明らかである。

二  以上の次第で、原告が提起した本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく、不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋元隆男 辻次郎 岡田信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例